必修歴史

第一次世界大戦の終結と世界(必修解説)

1.第一次世界大戦の終結と講和条約

1918年、ドイツが降伏し、第一次世界大戦が終結しました。翌1919年、パリ講和会議が開かれ、講和条約のベルサイユ条約が調印されました。

この条約により、ドイツは多額の賠償金を支払うこととなりました。また、日本はドイツが持っていた中国の山東省の権益を引き継ぐことなどが決まりました。これは二十一か条の要求と同じ内容ですね。

2.第一次世界大戦後のドイツ

大戦後のドイツでは、1919年にワイマール憲法が制定され、世界で初めて社会権が保障されました。社会権は3年生の公民でくわしく学びます。

3.国際連盟の成立

1920年、アメリカウィルソン大統領の提案により、世界平和と国際協調を目的とする国際機関として、国際連盟が設立されました。

イギリスフランスイタリア日本が常任理事国となったほか、日本人の新渡戸稲造は国際連盟の事務局次長として活躍しました。

なお、提案国であるアメリカは、議会の反対により国際連盟に参加しませんでした

4.アジアの民族運動

パリ講和会議で「民族自決」の原則が唱えられたことは、アジアの民族運動に影響を与えました。

①朝鮮

朝鮮では、1919年3月1日に三・一独立運動がおこりました。

日本からの独立をめざす運動です。しかし、これは朝鮮総督府によってしずめられました。

②中国

一方、中国は第一次世界大戦に連合国側で参戦していました。ですから、ドイツとの戦争に勝利した側に属していたということです。当然、中国は、ドイツ山東省に持っていた権益の返還を要求しました。しかし、パリ講和会議ではその要求が拒絶され、権益は中国に帰ってこないで、日本が受け継ぐことが決定しました。これに対し、不満が爆発しました。

こうして、1919年5月4日、大規模な反日運動、反帝国主義運動の五・四運動がおこりました。

③インド

イギリスの植民地であったインドでは、「非暴力・不服従」を唱えるガンディーを指導者として、完全な自治を求める運動が展開されました。

5.国際協調の時代

第一次世界大戦後の1920年代は、国際協調の時代でした。

1921年、アメリカの提案でワシントン会議が開かれ、各国の海軍の軍備制限などについて話し合われました。また、この会議の中で、1902年から続いていた日英同盟の解消も決定しました。


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