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1.( 1 )文化
平安時代には、( 1 )文化が栄えた。これは、それまでの唐風の文化をふまえたうえで、日本の風土や生活に合わせて生み出された文化である。遣唐使の廃止後、特に摂関政治の時代に最も栄えた。
①文学
漢字をもとにして成立した文字が、( 2 )である。(2)の登場により、多くの文学作品がつくられるようになった。例えば、小説では( 3 )の「( 4 )」、随筆では( 5 )の「( 6 )」、日記では( 7 )の「土佐日記」などがある。和歌集には(7)らが編集した「( 8 )」がある
②生活・信仰・建築
平安時代の貴族は、( 9 )とよばれる建築様式の住居で暮らすことが一般的であった。
貴族や一般の人々の間では、浄土信仰が広まった。これは、念仏を唱えて阿弥陀如来にすがり、死後に極楽浄土に生まれ変わることを願う信仰である。この浄土信仰をもとに各地に阿弥陀堂が建てられた。例えば、( 10 )が宇治(京都府)に( 11 )を建立した。
1の答え(タップで開きます)
1 国風文化
2 仮名文字(かな文字)
3 紫式部
4 源氏物語
5 清少納言
6 枕草子
7 紀貫之
8 古今和歌集
9 寝殿造
10 藤原頼通
11 平等院鳳凰堂
2.( 12 )の始まり
11世紀後半になると藤原氏の勢力がおとろえ、かわって( 13 )が政治の中心となった。(13)とは、天皇が位をゆずった後のよび方である。(13)が引き続き実権をにぎって行った政治を( 12 )という。
1086年に( 14 )天皇が天皇の位をゆずって(14)上皇となった後も、政治の実権をにぎり続けたのが(12)の始まりである。
2の答え(タップで開きます)
12 院政
13 上皇
14 白河天皇・上皇
3.平氏政権と源平の争乱
12世紀なかばには、保元の乱と平治の乱という2つの争いがあった。この2つの戦いに勝利したのが平氏の( 15 )で、これ以降、政治の実権をにぎるようになった。(15)は1167年には武士として初めて( 16 )になった。
(15)はかつての藤原氏と同じように、自分の娘を天皇のきさきとし、生まれた子を天皇にし、勢力をのばした。また、(15)は大輪田泊を整備し、中国との貿易を積極的にすすめ、多くの利益を得た。この貿易を( 17 )貿易という。
しかし、政治をほしいままに動かすようになった平氏に対し、貴族だけでなく武士からも不満が高まった。やがて源氏が兵をあげ、平氏との戦いが始まった。源頼朝の弟の源義経の活躍などもあり、1185年の( 18 )の戦いを最後に、平氏はほろんだ。
3の答え(タップで開きます)
15 平清盛
16 太政大臣
17 日宋貿易
18 壇ノ浦の戦い
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