必修歴史

鎌倉時代③蒙古襲来と幕府の滅亡(必修まとめ)

1.蒙古襲来

フビライ・ハン

チンギス・ハンの孫
・国号をとする

・日本に対して従属を求める
→鎌倉幕府の8代執権北条時宗はこれを無視
→元は2度にわたって日本をおそった

元寇

・1274・1281年の2度

・鎌倉幕府の御家人は、元の集団戦法火薬を使った武器に苦戦
・2度目の戦いでは、幕府が海岸に築かせた石塁(防塁)のため、元軍は上陸できず
・暴風雨により元軍は引き上げた

2.鎌倉幕府の衰退

①苦しくなる御家人の生活

ⅰ.理由1
元寇での戦いに対する恩賞が不十分であったから
※外国との戦いのため、新たな領地が得られなかった

ⅱ.理由2
・御家人の領地は分割相続であったため、御家人の領地が小さくなっていたから

徳政令(永仁の徳政令)

・幕府が1297年に発令

ⅰ.目的
生活の苦しい御家人を救うため 

ⅱ.内容
御家人の借金の帳消しや、御家人が失った土地をただで取り戻させた

ⅲ.結果
・かえって経済が混乱
 →幕府への不満が高まる

悪党の出現

・荘園領主に年貢を納めず、幕府にも従わない、新興の武士などの集団

3.鎌倉幕府の滅亡

後醍醐天皇が幕府をたおそうと動く

・有力御家人の足利尊氏新田義貞も倒幕に協力
1333年、鎌倉幕府がほろぶ


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