ポイント解説
18世紀の後半以降、ロシアのラクスマンをはじめとして、たびたび外国船が来航しました。これに対し、幕府は異国船打払令を出すなどして鎖国を守ろうとしました。国内では天保のききんや大塩の乱がおこるなど、幕府は国内外において問題をかかえることとなりました。
1.外国船の来航と幕府の対応
①ラクスマン(ロシア)の来航
・1792年、蝦夷地の根室に来航
・漂流民大黒屋幸太夫を送り届け、通商(貿易)を求める
②レザノフ(ロシア)の来航
・1804年、長崎に来航
→通商を求めるが幕府は拒否
③幕府による蝦夷地・樺太(サハリン)の調査
※派遣された人物
・最上徳内、近藤重蔵
・間宮林蔵:伊能忠敬に測量術を学ぶ。樺太が島であることを発見
→幕府は蝦夷地を直接の支配地にした
④フェートン号事件
・1808年、イギリスの軍艦がオランダ船を追い長崎港に侵入
⑤異国船打払令(外国船打払令)
・1825年、日本に近づく外国船を砲撃し追い払うことを命じた
⑥モリソン号事件
・1837年、漂流民を送り届けに来たアメリカの商船を砲撃した事件
→蘭学者の渡辺崋山・高野長英が幕府の政策を批判
→蛮社の獄:1839年、幕府は2人を処罰
2.国内の動揺
①天保のききんの発生
・1830年代に発生
・農村で百姓一揆が急増
・都市部で打ちこわしが急増
②大塩の乱(大塩平八郎の乱)
・1837年、もと大阪町奉行所の役人で陽明学者の大塩平八郎が、弟子などとともに乱をおこす
→幕府に衝撃が走る
③渋染一揆
・1855年、岡山藩が倹約令を出す
→えた身分の人々が抗議の嘆願書を提出
→岡山藩は倹約令を撤回
漢字の読み方(タップで開きます)
・根室:ねむろ
・漂流民:ひょうりゅうみん
・大黒屋幸太夫:だいこくやこうだゆう
・最上徳内:もがみとくない
・近藤重蔵:こんどうじゅうぞう
・間宮林蔵:まみやりんぞう
・樺太:からふと
・異国船打払令:いこくせんうちはらいれい
・渡辺崋山:わたなべかざん
・高野長英:たかのちょうえい
・蛮社の獄:ばんしゃのごく
・大塩平八郎:おおしおへいはちろう
・渋染一揆:しぶぞめいっき
しっかり歴史にもどる