1.鎌倉幕府のおとろえ
①御家人の生活が苦しくなる
その理由
・分割相続により領地が小さくなっていた
・元寇での戦いに対する恩賞が不十分
②幕府の対応
・1297年、幕府は徳政令(永仁の徳政令)を発令
→内容:借金の帳消しや、御家人が失った土地をただで取り戻させた
※しかし、かえって経済が混乱
③悪党の出現
・荘園領主に年貢を納めず、幕府にも従わない、新興の武士や商人の集団
2.鎌倉幕府の滅亡
①後醍醐天皇の動き
・幕府を倒す計画を立てる
※政治の実権を朝廷に取りもどすため
→一度は失敗し、隠岐(島根県)に流される(のち脱出)
②鎌倉幕府の滅亡
・新興武士の楠木正成、有力御家人の足利尊氏・新田義貞ら
→後醍醐天皇に協力し、幕府をたおすために動く
・1333年、鎌倉幕府がほろぶ
漢字の読み方(タップで開きます)
・永仁の徳政令:えいにんのとくせいれい
・悪党:あくとう
・後醍醐天皇:ごだいごてんのう
・楠木正成:くすのきまさしげ
・足利尊氏:あしかがたかうじ
・新田義貞:にったよしさだ
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